なぜ「何者かになりたい」と思うのか? 認められたい気持ちの、その奥

何かを成し遂げた人を見ると、ふと思うことがあります。

「自分も、何者かになりたい」

有名人になりたいのかと言われると、少し違う。大勢の前に立ちたいわけでもない。でも、「自分にはこれがある」と言えるものは欲しい。

この気持ちは、どこから来るのでしょうか。

心理学の文献を読むと、未来の自分を思い描くこと、力を発揮したいこと、他人からの評価で自分の価値を確かめることなど、いくつかの手掛かりがありました。

「何者かになりたい」を一つの心理として説明するのではなく、その言葉に重なっている願いを、少し分けて考えてみます。

まだ存在しない自分が、今の自分を動かす

心理学者のヘイゼル・マーカスとポーラ・ヌリウスは、「可能自己」という考え方を提案しています。

これは、将来なれそうな自分、なりたい自分、そして、なりたくない自分のイメージです。こうした未来の自己像は、行動の動機になると考えられています。[1]

たとえば「頼られる人になりたい」という未来が、勉強を始めるきっかけになる。「このまま何も変わらないのは嫌だ」という想像も、何かを始める理由になり得ます。

この考え方に照らすと、「何者かになりたい」には、憧れだけでなく、避けたい未来への不安が含まれる場合もありそうです。

まだ実績はない。それでも、今とは違う自分を思い描ける。そのイメージが、現在の自分を動かすことがあります。

欲しいのは、肩書きの先にあるものかもしれない

もう一つの手掛かりが、ライアンとデシによる「自己決定理論」です。

この理論では、人の意欲や充実感に関わる基本的な心理的欲求として、三つが挙げられています。[2]

  • 自律性: 自分で納得して選び、行動している感覚。
  • 有能感: 自分の力を発揮できる、物事にうまく働きかけられる感覚。
  • 関係性: 人とつながり、大切にされている感覚。

これを今回の疑問に当てはめると、欲しいものは必ずしも知名度や肩書きだけではないのかもしれません。

何かを作れるようになりたい。誰かに頼ってもらいたい。自分で選んだことを、形にしたい。

「何者か」という曖昧な言葉の中に、そうした具体的な願いが入っている、と読むこともできます。もちろん、これは理論を手掛かりにした解釈で、誰にでも同じ動機があるという意味ではありません。

同じ「作家になりたい」でも、書く力を伸ばしたい人と、作品を通じて誰かとつながりたい人では、求めているものが違いそうです。

「なりたい」が「ならなければ」に変わるとき

一方で、こんな気持ちが混ざることもあります。

「何かで認められなければ、自分には価値がない」

クロッカーとウルフは、自尊感情が何に左右されるかに注目しました。人によって、成績、他者からの評価、家族の支えなど、自分の価値を確かめるよりどころが異なる、という考え方です。[3]

そのよりどころとなる領域では、成功や失敗が、自分全体への評価にも響きます。

たとえば、作品に反応がなかったとき。「今回は届かなかった」と考えることもできれば、「誰にも認められない自分には価値がない」と受け取ってしまうこともあるでしょう。

これは、研究の考え方を日常に置き換えた例です。後者では、作品の結果が、そのまま自分への判定になっています。

「何者かになりたい」という願いが苦しくなる場面の一つは、成功するまで自分を認められなくなったときなのかもしれません。

成功すれば、この気持ちは終わるのか

では、望んだ立場や評価を手に入れたら、満たされるのでしょうか。

2009年の研究では、大学を卒業した若者を一年間追い、目標の達成と心の状態の関係を調べています。

成長や親しい関係などの目標の達成は、心理的な健康と好ましい関係を示しました。一方、お金、名声、外見的なイメージといった目標の達成には、同じような好ましい関係が見られませんでした。[4]

ただし、これは特定の集団を対象とした観察研究です。「有名になると不幸になる」「収入は必要ない」という結論ではありません。生活の安定のためにお金を求めることまで、否定する話でもありません。

ここから考えたいのは、目標を達成することと、自分が欲しかった感覚を得ることは、必ずしも同じではないという点です。

頼られたかったのか。できることを増やしたかったのか。それとも、自分の選んだ道を誰かに認めてほしかったのか。

そこが曖昧なままだと、立派な肩書きを手に入れても、欲しかったものには届かないことがあるのでしょう。

「何者かになりたい」と思ったとき、すぐにその気持ちを捨てる必要はなさそうです。未来の自分を思い描くことは、行動のきっかけにもなります。

ただ、「何者になれば十分なのか」には、答えが出にくい。

代わりに、「何ができるようになりたいのか」「誰と、どんな関係を持ちたいのか」と尋ねると、少し具体的になります。

遠くにいる「何者か」の姿を眺めていたつもりが、欲しかったのは、今日の自分にも少しずつ増やせる手応えだった。そんな場合もあるのかもしれません。

参考資料

  1. Markus, H., & Nurius, P. (1986). Possible selves. American Psychologist, 41(9), 954–969.
    https://doi.org/10.1037/0003-066X.41.9.954
    将来なりたい自己・避けたい自己と動機づけについての理論論文。本記事では公開抄録で確認できる概念の範囲を参照。
  2. Ryan, R. M., & Deci, E. L. (2000). Self-determination theory and the facilitation of intrinsic motivation, social development, and well-being. American Psychologist, 55(1), 68–78.
    https://doi.org/10.1037/0003-066X.55.1.68
    著者側公開PDF:https://selfdeterminationtheory.org/SDT/documents/2000_RyanDeci_SDT.pdf
    自律性・有能感・関係性の三つの心理的欲求を扱う理論・研究レビュー。
  3. Crocker, J., & Wolfe, C. T. (2001). Contingencies of self-worth. Psychological Review, 108(3), 593–623.
    https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/11488379/
    公開抄録と、著者らが大学サイトで公開する理論説明を照合。補助資料は査読論文そのものではなく、刊行前原稿に基づく学会ポスター。
    Wolfe, C., Crocker, J., & Lun, J. Contingencies of Worth: Theoretical Overview, Emerging Evidence and Future Directions.
    https://psychlab1.hanover.edu/Research/wolfe/spsp00/
  4. Niemiec, C. P., Ryan, R. M., & Deci, E. L. (2009). The path taken: Consequences of attaining intrinsic and extrinsic aspirations in post-college life. Journal of Research in Personality, 43(3), 291–306.
    https://doi.org/10.1016/j.jrp.2008.09.001
    著者側公開PDF:https://www.selfdeterminationtheory.org/SDT/documents/2009_Niemiec%20RyanDeci_JRP.pdf
    大学卒業後の若者を対象に、目標の達成と心理的健康の関係を追跡した研究。因果関係や全世代への一般化には限界がある。
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余禄log 管理人
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歴史、文化、生き物、科学、心理などジャンルは気分次第。
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