昔のゲームや音楽に触れたとき、「あの頃はよかったな」と思うことがあります。
友達と遊んだ時間。学校からの帰り道。特に何かが起きたわけでもない休日。
でも、少し考えると、その頃にも面倒なことや嫌なことはあったはずです。毎日が楽しかったわけではないのに、振り返ると、どこか明るく見える。
当時が本当に楽しかったのでしょうか。それとも、思い出し方が変わったのでしょうか。
調べてみると、この二つは両立しそうです。楽しかった経験があることと、その経験への評価が後から変わることは、別々に起こり得ます。
旅行は、帰ってからのほうが楽しい?
旅行を例に考えると、分かりやすいかもしれません。
きれいな景色を見たし、食事もおいしかった。でも、歩いて疲れたし、待ち時間も長かった。旅の最中には、楽しさと小さな不満が同居しています。
ところが、しばらくして振り返ると、「あの旅行、よかったな」という印象が強くなる。
これは説明のための例ですが、似た変化を調べた研究があります。
1997年、テレンス・ミッチェルらは、ヨーロッパ旅行、感謝祭の休暇、カリフォルニアでの3週間の自転車旅行について、経験する前・最中・後の評価を調べました。
三つの調査では、経験中よりも、事前の期待と事後の振り返りのほうが肯定的になる傾向が見られました。研究者たちは、これを「バラ色の見方(rosy view)」として報告しています。[1]
何十年も経ってからの話ではありません。出来事の数日後には、評価がより好意的になっていました。
ここで分かるのは、旅行が実際にはつまらなかったということではありません。同じ経験でも、その中にいるときと、後から振り返るときでは、評価が違うことがあるということです。
忘れるのは、出来事そのものとは限らない
もう一つ、今回調べていて気になったのが、「感情の薄れ方」です。
記憶を美化するというと、嫌な出来事を消して、よい場面だけ残すようなイメージがあります。でも、出来事は覚えていても、それを思い出したときの気持ちは変わるかもしれません。
2003年のウォーカーらのレビューは、不快な出来事に結びついた感情が、快い出来事に結びついた感情よりも速く弱まる傾向を紹介しています。「感情減衰バイアス(fading affect bias)」と呼ばれる現象です。[2]
そこで紹介されている日記研究では、参加者は日々の出来事と、そのときの快・不快の程度を記録しました。後日、同じ出来事を思い出して、今はどう感じるかを評価しています。[2]
後から「当時はこうだったはず」と答えてもらうだけでなく、当時の記録と比べているのが面白いところです。
例えば、旅行先で道に迷ったことは覚えている。でも、あのときのいら立ちまで同じ強さで戻ってくるとは限らない。これは研究を身近に置き換えた例です。
嫌なことがなかった記憶になることと、嫌だった気持ちが薄れることは、同じではありません。
ただし、誰のどんな経験にも同じように起こるわけではありません。レビューでも個人差が扱われています。「嫌なことも時間がたてば必ずよい思い出になる」とまでは言えません。[2]
「懐かしい」とき、何を思い出しているのか
ここまでの話は、経験の評価や感情が変わる仕組みでした。
一方、「あの頃に戻りたい」と感じる懐かしさには、もう少し違う面があります。
心理学では、過去を恋しく思う感情を「ノスタルジア」と呼びます。これは記憶の正確さを表す言葉ではなく、過去を振り返るときに生まれる感情です。
2006年のワイルドシュットらの研究では、懐かしい経験の記述に、親しい人や大切な出来事がよく登場しました。また、一連の実験では、懐かしい経験を思い出すことが、人とのつながりの感覚や肯定的な気分を高める結果も報告されています。[3]
これを読んで、昔のゲームを懐かしむ場面も、少し違って見えました。
懐かしいのは、ゲームの内容だけなのでしょうか。一緒に遊んでいた友達や、時間を気にせず集まれた休日も、その気持ちに含まれているのかもしれません。
これは僕なりの当てはめですが、「昔の作品は今よりよかった」という一言の中にも、作品への評価と、それを楽しんでいた自分の生活への思いが重なっている可能性があります。
昔を美化しているように見えて、恋しく思っているのは、当時そこにいた人たちなのかもしれません。
懐かしめば、気分がよくなるとは限らない
ただ、ここで「懐かしさは心によい」とまとめてしまうと、話を単純にしすぎます。
2020年に刊行されたニューマンらの研究では、日記や日常のその時々の回答を使って、懐かしさと気分の関係を調べています。
この研究では、日常で懐かしさを強く感じることは、低い幸福感などと関連していました。また、実験で求められて思い出した懐かしい経験は、日常で自然に生じた懐かしさより、肯定的に評価されていました。[4]
「懐かしい思い出を一つ挙げてください」と頼まれて選ぶ場面と、何でもない夜にふと昔を恋しく思う場面は、同じとは限らないのです。
もちろん、この関連だけで「懐かしむから不幸になる」とは言えません。つらいときに昔を思い出す可能性もあり、原因と結果を一方向に決めることはできません。
懐かしさには、温かさも、もう戻れない寂しさもある。その両方を残して考えたほうが、実際の感覚に近そうです。
あの頃がよかったことまで、否定しなくていい
では、「あの頃はよかった」は、結局ただの思い込みなのでしょうか。
今回の研究から、そこまでは言えません。
後から評価が明るくなることはある。嫌だった気持ちが、楽しさより速く薄れることもある。でも、それは当時の楽しさが存在しなかった証拠にはなりません。
本当に気の合う友達がいたかもしれないし、今より自由に使える時間があったかもしれない。個人の生活がどう変わったかは、記憶の偏りだけでは判断できません。
また、旅行についての研究を、そのまま「昔の社会は今よりよかった」という判断に広げることもできません。個人の思い出と、時代全体の比較は別の話です。
僕が今回面白いと思ったのは、「過去を覚えている」と「過去を今どう感じるか」が、分けて考えられることでした。
あのとき楽しかったこと。あのとき嫌だったこと。そして、今そこに感じている懐かしさ。
「あの頃はよかった」と思ったら、何がよかったのか、もう少し細かく思い出してみたくなります。
昔の全部に戻りたいのか。それとも、あの人と過ごした、あの時間が恋しいのか。
そこまで考えると、一言では同じだった懐かしさも、少し違って見えてきそうです。
参考資料
- Mitchell, T. R., Thompson, L., Peterson, E., & Cronk, R. (1997). Temporal Adjustments in the Evaluation of Events: The “Rosy View”. Journal of Experimental Social Psychology, 33(4), 421–448. DOI: 10.1006/jesp.1997.1333 / 著者所属大学による原著抄録の掲載
三つの調査の対象、事前・最中・事後の評価、数日後の肯定的評価について確認。今回確認できたのは公開抄録であり、原著本文の細かな手続きや数値には踏み込んでいない。 - Walker, W. R., Skowronski, J. J., & Thompson, C. P. (2003). Life Is Pleasant—and Memory Helps to Keep It That Way! Review of General Psychology, 7(2), 203–210. DOI: 10.1037/1089-2680.7.2.203 / 著者の大学サイト掲載PDF
本文を確認。感情減衰バイアス、日記を用いる研究方法、個人差を参照。本記事の日記研究の紹介は、このレビューに基づく。 - Wildschut, T., Sedikides, C., Arndt, J., & Routledge, C. (2006). Nostalgia: Content, Triggers, Functions. Journal of Personality and Social Psychology, 91(5), 975–993. DOI: 10.1037/0022-3514.91.5.975 / PubMed / 著者所属大学のリポジトリ
公開抄録を確認し、研究[4]の先行研究の説明とも照合。原著全文を取得できなかったため、個別実験の人数・効果量などは本文に記載していない。 - Newman, D. B., Sachs, M. E., Stone, A. A., & Schwarz, N. (2020). Nostalgia and Well-Being in Daily Life: An Ecological Validity Perspective. Journal of Personality and Social Psychology, 118(2), 325–347. DOI: 10.1037/pspp0000236 / 著者公開PDF
本文を確認。オンライン先行公開は2019年、巻号の刊行年は2020年。日常の懐かしさと幸福感の関連、実験で想起させた経験と日常経験の比較を参照。日常調査の関連を単純な因果関係として扱っていない。

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