怖い話を楽しめる理由の一つは、「自分は実際の危険にさらされていない」と感じながら、恐怖を体験できることにあるようです。心理学では、怖い内容から心理的な距離を取る「保護的フレーム」という考え方が使われています。[1]
ただし、安全なら誰でも楽しめるわけではありません。怖さと楽しさの関係を調べると、怖ければ怖いほど楽しい、という単純な話でもなさそうです。[2]
安全だからこそ、少し冒険したい?
僕が怖い話を読みたくなったり、聞きたくなったりするのは、寝る前や暇なときです。季節でいえば、夏。「夏といえば怖い話」というイメージが、自分の中にあるのかもしれません。
なぜわざわざ怖い思いをしたくなるのか、少し考えてみました。
怖い話を聞くと、心がざわついたり、ぞくっとしたりします。でも、自分の安全が怪しいときに、さらに怖い話を聞きたいとは思いません。
僕の場合、聞きたくなるのは、余裕があって安全だと感じているときです。
安全だからこそ、少し冒険したくなるのではないか。
そんな予想から調べ始めて、出会ったのが「保護的フレーム」でした。
「怖い」と「楽しい」は、同時に起こる
怖い映画を楽しむ人は、そもそもあまり怖がっていないのか。それとも、怖い時間が終わったあとの安心感を楽しんでいるのか。
AndradeとCohenが2007年に発表した研究は、こうした説明だけでは捉えきれない反応を示しています。
研究を紹介したカリフォルニア大学バークレー校の解説によると、ホラー映画を好む人と避ける人は、映像を見ている間、同程度の否定的な感情を報告しました。一方、好む人は、怖い場面の最中にも肯定的な感情を報告していました。[1]
つまり、恐怖が終わるのを待たなくても、「怖い」と「楽しい」が一緒に生じることがあるのです。
保護的フレーム――怖いまま楽しめる距離
同じ研究では、ホラー映画を避ける人に、登場する俳優の紹介映像を見せ、その後の映画映像の周囲にも俳優の写真を表示する条件を設けました。
「これは俳優が演じている作り物だ」と意識しやすくする工夫です。すると、怖さを感じながらも、楽しさが増す結果が得られたと大学の解説は伝えています。[1]
ここで出てくるのが、保護的フレーム(protective frame)です。
恐怖の対象から心理的な距離を取り、自分がその危険のただ中にいるわけではない、と感じられる枠組み。研究者は、この枠組みが恐怖と楽しさの共存を助けると説明しています。[1]
僕が面白いと思ったのは、怖さが完全になくなる必要はない、という点でした。怖さが残っていても、それを楽しめる距離がある。自分の「安全だから少し冒険したい」という感覚に、近いものを感じます。
怖ければ怖いほど、楽しいわけではない
では、安全だと思えていれば、どれほど怖くても楽しめるのでしょうか。
Andersenらが2020年に発表した研究では、デンマークのお化け屋敷を訪れた110人を対象に、心拍や、本人が感じた恐怖・楽しさなどを調べています。
その結果、自己評価された恐怖と楽しさの間には、山なりの「逆U字型」の関係が見られました。恐怖が弱い場合や強すぎる場合より、中程度のときに楽しさが高くなる傾向です。[2]
楽しむには、自分にとって「ちょうどいい怖さ」があるのかもしれません。
ただし、これは自らお化け屋敷を訪れた人たちを調べた研究です。すべての人や、寝る前に読む怪談にも同じように当てはまるとは限りません。
怖さが、自分の現実に近づいてきたら
ここからは、二つの研究を読んで僕が考えたことです。
怖い話がだんだん身近に感じられ、「自分にも起こるかもしれない」と思い始めたら、どうなるのでしょう。
例えば、遠い場所を舞台にした怪談より、自分が毎晩寝ている部屋でも起こりそうな話のほうが、心理的な距離を取りにくいことはありそうです。これは説明のための例で、今回の研究で比較された内容ではありません。
自分の安全まで疑い始めると、恐怖を楽しむ余裕がなくなるのかもしれない。
保護的フレームと「ちょうどいい怖さ」は、この部分でつながっているように思えます。
ただ、お化け屋敷の研究が「楽しさが下がった原因は、保護的フレームが崩れたからだ」と確かめたわけではありません。[2] これは、研究結果を手がかりにした僕の仮説です。
また、映像や描写がリアルなことと、自分が危険だと感じることは、必ずしも同じではありません。大事なのは、現実味だけでなく、その人がどれほど心理的な距離を取れるか、ということなのでしょう。
怖いものを好きな気持ちと、安全だから楽しめることは両立する。今回調べてみて、僕はそう捉えるようになりました。
余禄――「これは実話です」という一言
保護的フレームを知ると、怪談で耳にする「これは実話です」という前置きも、少し違って見えます。
作り話として聞いていたものが、その一言で現実に近づく。「自分には関係ない」と思っていた距離が、少し縮まるのかもしれません。
これも、ここで紹介した研究が直接検証した効果ではなく、僕なりの解釈です。実話と称されていることと、本当に起きたことかどうかも別の話です。
安心して聞ける場所にいながら、その安心を少しだけ揺さぶられたい。夏の夜に怪談を選ぶ自分には、そんな気持ちがあるのかもしれません。
参考資料
[1] 保護的フレームと、恐怖・楽しさの共存について
- Andrade, E. B., & Cohen, J. B. (2007). On the Consumption of Negative Feelings. Journal of Consumer Research, 34(3), 283–300. 論文掲載ページ
- Kathleen Maclay/UC Berkeley(2007年10月11日). Marketing professor explores the responses viewers reap from scary movies. 大学による研究解説
- 本文中の具体的な実験手順・結果の紹介は、上記の大学解説を参照しています。
[2] 恐怖の強さと楽しさの関係について
- Andersen, M. M., Schjoedt, U., Price, H., Rosas, F. E., Scrivner, C., & Clasen, M. (2020). Playing With Fear: A Field Study in Recreational Horror. Psychological Science, 31(12), 1497–1510. 論文全文

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