ニュートンと聞くと、万有引力や運動の法則が浮かびます。
自然の仕組みを数式で説明した人。そのニュートンが、金属を金に変える「錬金術」を長年研究していたと知ると、少し戸惑います。
あれほど頭のいい人が、どうしてそんなものに?
僕も最初は、科学者にも意外な趣味があった、という話だと思いました。でも調べていくと、趣味で片づけるには時間も手間もかかりすぎていました。
しかも、今の僕たちが考える「科学」と「錬金術」の境目は、当時とはかなり違っていたようです。
ちょっと試した、という量ではなかった
インディアナ大学の手稿研究プロジェクトによると、ニュートンが錬金術について書いたり、ほかの著者から書き写したりした文章は、約100万語に及びます。研究はおよそ30年にわたりました。[1]
100万語というのは、すべてが本人の新説という意味ではありません。実験ノートもあれば、読んだ文献の筆写や、物質名を整理した索引も含まれます。
それでも、興味本位で本を一冊読んだ、という規模ではありません。
ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジの実験室を調べた研究では、ニュートンは自室の下にある庭の私設実験室で、約30年間におよそ400件の化学実験を行ったとされています。[2]
机の上で数式を書くニュートンのほかに、材料を扱い、加熱し、変化を確かめるニュートンもいたわけです。
では、何をそこまで確かめたかったのでしょうか。
当時の錬金術は、魔法の話だけではなかった
錬金術という名前からは、怪しい薬を混ぜて金を作る場面を想像しがちです。
ただ、17世紀のイギリスでは、現在の化学と錬金術にまたがる営みが「キミストリー(chymistry)」と呼ばれていました。その中には、染料や顔料、酸を作る技術、蒸留、薬の製造、そして金属を金へ変える試みが含まれていました。[3]
実際に役立つ技術と、現在から見れば成立しない目標が、同じ研究の世界にあったのです。
もちろん、当時の人が全員、金を作れると信じていたわけではありません。それでも金属の変成は、一部の研究者にとって、試す価値のある課題でした。[3]
今の僕たちは、普通の化学反応で鉛を金に変えることはできないと知っています。しかし、ニュートンが生きた時代には、現在の原子や元素についての知識はまだありません。
「答えを知っている側」から見ると荒唐無稽でも、「物質が何でできているのかを調べている側」からは、別の問いに見えていたはずです。
ニュートンは、金属も「育つ」と考えていた
ここで少し面白いのが、ニュートンの金属に対する見方です。
1670年代前半に書かれたと考えられている手稿には、金属や鉱物の生成を、植物の成長と結びつけた考察があります。当時のニュートンは、地中で金属や鉱物が「育つ」と考えていました。[4]
地下に延びる鉱脈を、木の枝のように捉える。実験容器の中に枝分かれした鉱物の形が生まれる現象も、その考えを支えるものと受け止められました。[4]
僕たちには、金属は動かず、育ちもしないものに見えます。けれど彼にとっては、自然の中で生成し、変化するものだったのです。
そして、自然に変化の仕組みがあるなら、人間の技術でその働きを助けられないか。
同じ手稿でニュートンは、人の世話を受けて育った庭の木も、自然の木であることに変わりはない、という趣旨の比較をしています。人が手を加えて自然の働きを促すという考え方です。[4]
この見方に立つと、金属を変える実験は、自然に逆らう魔法というより、自然の内部で進んでいる変化を利用する試みになります。
金を作ることへの関心の奥には、物質はどう生まれ、どう変わるのか、という問いがありました。
「賢者の石」は、本気の研究対象だった
では、ニュートンは本当に金を作ろうとしていたのでしょうか。
残された手稿を見る限り、金属変成は実際の研究目標に含まれていました。「錬金術と言っても、普通の化学をやっていただけ」と言い換えるのも正確ではありません。
科学史研究機関のScience History Instituteには、ニュートンが筆写した「賢者の石」のための水銀の調製に関する手稿が保存されています。元の文章を書いたのは、フィラレテスという筆名を使ったジョージ・スターキー。ニュートン自身による補足や訂正も残っています。[5]
賢者の石は、卑金属を金などの貴金属に変える力があるとされた物質です。この手稿は、その作製に使うと考えられていた材料についての文献でした。[6]
面白いのは、その文章が、現代の実験手順書のようには読めないことです。火星や月といった名称や記号が登場します。所蔵機関の解説では、この手稿の題名に出てくる火星は鉄、月は銀を指しています。[5]
だから、神話めいた名前があるからといって、内容が全部空想だとは限りません。具体的な材料や操作が、独特の言葉で記されている場合があります。
読む側はまず、その言葉が何を指すのかを考える必要がありました。
暗号を解いて、実験で確かめる
科学史家ウィリアム・R・ニューマンの研究では、ニュートンは錬金術の熟達者たちが、成功の秘密を比喩や謎めいた表現の中に隠していると考えていたと説明されています。[7]
分かりにくいから、でたらめだと切り捨てる。そういう読み方ではなかったのです。分かりにくい文章の奥に、具体的な操作があると受け止めていました。
しかも、文献を読み解くだけでは終わりませんでした。ニューマンはニュートンのノートや書簡を照合し、記された実験工程の一部を再現することで、何を扱っていたのかを検討しています。[7]
これは、現代の研究者が金を作れたという話ではありません。ニュートンが使った言葉を、実際の材料や操作に照らして理解しようとする研究です。
ここまで見ると、彼が取り組んでいた作業の手触りが少し分かります。
文献を集める。読みにくい表現を解く。材料を扱って確かめる。
本人がどの瞬間に何を面白がったのかまでは分かりません。ただ、その仕事は「不思議な話を信じて待つ」というものではなかったのです。
神の世界を知ることと、物質を調べること
もう一つ、今の感覚から見落としやすいのが、ニュートンの宗教観です。
ニュートンは、自然を研究することを、神のあり方を知ることにつながる営みと考えていました。『プリンキピア』第2版に加えられた「一般的注解」にも、自然についての議論と神についての議論が並んでいます。[8]
そのため、彼の研究を理解するとき、宗教を単なる余談として取り除くことはできません。
ただし、そこから「錬金術は、魂を救うための宗教的修行だった」と結論づけるのも飛躍です。ニューマンは、ニュートンの錬金術を救済への道と見る解釈には慎重で、実験室での具体的な作業を重視しています。[7]
神の創った自然を理解したいという見方と、物質をどう変えられるかという研究。それらが同じ人の中にあった、と考えるほうがよさそうです。
錬金術から、万有引力が生まれたのか?
ここまでつながっているなら、万有引力も錬金術から生まれたのでしょうか。
そこは、話を急がないほうがよさそうです。
先ほどの1670年代の手稿では、ニュートンは金属の生成だけでなく、熱や生命、重力の原因まで説明しようとしていました。ただしそれは、後の数理的な重力理論そのものではありません。[4]
研究上の関心が重なっていたことと、一つの発見がもう一つを直接生んだことは、別の話です。
錬金術が万有引力を生んだ、と一本の線で結ぶより、ニュートンが自然を理解するために探っていた道の一つが、錬金術だったと捉えるほうが、手稿に残る姿に近いのでしょう。
答えを知らない時代の、研究だった
ニュートンは、なぜ錬金術にハマっていたのか。
文献をたどると、物質が変化する仕組みを知り、その働きを自分でも再現しようとしていた姿が見えてきます。当時の研究環境、金属が育つという自然観、先人が秘密を知っているという期待が、その探究を支えていました。
それは、錬金術の主張が正しかったということではありません。天才が取り組んだことも、正しさの保証にはなりません。
ただ、僕たちはニュートンの仕事を、うまくいった発見から覚えています。本人は、その隣で、答えにたどり着かない実験にも時間を使っていました。
万有引力を研究するニュートンも、金属を変えようとするニュートンも、その時点ではまだ結果を知りません。
次に教科書で名前を見たとき、数式の横に、読みにくい錬金術の手稿と実験道具も少し思い浮かびそうです。
参考資料
本文中の番号に対応しています。ウェブ資料は2026年10月2日確認。
- Indiana University, The Chymistry of Isaac Newton, “Home.” 約30年、約100万語という規模と、実験ノート・索引・筆写などの資料の種類。
https://newton.dlib.indiana.edu/ - P. E. Spargo, “Investigating the Site of Newton’s Laboratory in Trinity College, Cambridge.” South African Journal of Science. ケンブリッジ大学リポジトリ掲載。実験室の位置と約400件の実験という概数。本稿では公開抄録を参照。
https://www.repository.cam.ac.uk/items/27bd8b8a-88e5-4019-ad93-2e434c2ff17a - Indiana University, “About Isaac Newton and Alchemy.” 当時のchymistryの範囲、技術・薬学・金属変成の関係。
https://newton.dlib.indiana.edu/page/about - Isaac Newton, Of Natures obvious laws & processes in vegetation, Dibner MS. 1031 B. Smithsonian Institution Libraries所蔵。Indiana Universityによる翻刻と研究解説。年代は推定。
手稿翻刻:https://newton.dlib.indiana.edu/text/ALCH00081/diplomatic
研究解説:https://newton.dlib.indiana.edu/text/ALCH00081/introduction - Isaac Newton / George Starkey, Isaac Newton’s copy of the Preparation of the [Sophick] Mercury for the [Philosophers’] Stone, MS 13. Science History Institute. ニュートンの自筆による筆写資料。画像・翻刻・所蔵機関解説を公開。
https://digital.sciencehistory.org/works/cf95jc09d - Michal Meyer(2016), “Isaac Newton and the American Alchemist.” Science History Institute. スターキーと筆名フィラレテス、賢者の石と調製水銀の背景。
https://www.sciencehistory.org/stories/magazine/isaac-newton-and-the-american-alchemist/ - William R. Newman, Newton the Alchemist: Science, Enigma, and the Quest for Nature’s “Secret Fire”. Princeton University Press. 本稿では出版社が公開する第1章 “The Enigma of Newton’s Alchemy” を参照。全文を通読したものではない。特に実験再現、秘密の解読、宗教との関係についての著者の解釈を利用。
https://assets.press.princeton.edu/chapters/s13261.pdf - The Newton Project, “Newton on Science and Religion”; Isaac Newton, “General Scholium,” 1729年英訳抜粋。自然哲学と神についての議論の関係。
解説:https://www.newtonproject.ox.ac.uk/tour/newton-on-science-and-religion
原典英訳:https://www.newtonproject.ox.ac.uk/view/texts/normalized/NATP00056?end=par4&start=par3

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