桃太郎が鬼ヶ島へ連れていったのは、犬と猿とキジ。
子どもの頃から知っている組み合わせですが、よく考えると不思議です。鬼と戦うなら、もっと大きくて強そうな動物でもよかったのではないでしょうか。
僕なりに考えてみました。
犬は、狛犬のように魔を払う役目。猿は賢く、人間に近い動きができる仲間。そしてキジは、空から地形や敵の様子を調べて伝える偵察役。
そう考えると、なかなかよくできた組み合わせに見えます。
では、実際の昔話には、どんなことが書かれているのでしょうか。
キジは、本当に空から偵察していた
調べていて、予想にかなり近い話が見つかりました。
鳥取県立博物館が公開している、伯耆町溝口で採集された「桃太郎」です。1982年に、明治生まれの語り手から聞き取られた話には、海を前にした一行が、鬼ヶ島へどう渡るか考える場面があります。
そこでキジは、自分が空へ飛び立ち、どこから行くのがよいか見てくると申し出ます。そして実際に飛び、渡る場所を見つけて戻ってくるのです。[1]
キジが上空から進路を調べる話は、ちゃんと記録されていました。
敵の陣形を分析するところまでは書かれていませんが、空から見て地上の仲間へ伝える、という予想にはかなり近い役目です。
別の例として、楠山正雄が書いた「桃太郎」でも、キジは船に乗るときに「わたくしは物見をつとめましょう」と申し出ます。物見とは、周囲や敵の様子を見張る役目です。[2]
この版では、犬は船をこぎ、猿はかじを取ります。島に着くとキジは飛んで先行し、猿は城壁を登って内側から門を開け、犬は鬼の足にかみつく。
飛べるもの、登れるもの、かみつけるもの。それぞれの体の特徴が、物語の中でちゃんと使われています。
でも、「役に立つ」と「選ばれた理由」は違う
ここで、一つ分けておきたいことがあります。
話の中でその動物が活躍する理由と、最初にその動物が登場するようになった理由は、同じとは限りません。
楠山版の桃太郎は、出発前に「空から調べる係が必要だからキジを探そう」と決めているわけではありません。道中で動物たちに出会い、きびだんごをきっかけに仲間が増えていきます。[2]
猿が壁を登り、門を開ける場面を見ると、人間に近い動きができる仲間、という予想も納得しやすくなります。ただ、「賢いから」「二足歩行ができるから、この昔話に採用された」とまで説明する根拠は、今回確認した資料では見つかりませんでした。
では、犬の魔除け説はどうでしょう。
狛犬に魔除けの意味があることは、博物館の解説でも確認できます。ただし、狛犬の歴史は、中国の仏教美術に見られる獅子の像とも関係しています。普通の犬を、そのまま神社の守り役にしたという話ではありません。[3]
そこから「だから桃太郎も犬を連れていった」と結ぶには、もう一つ証拠が必要です。
犬と魔除けを結びつける発想は面白いのですが、桃太郎の犬の由来としては、ひとまず予想のまま残しておくのがよさそうです。
桃太郎は、一冊だけの物語ではなかった
そもそも、僕たちが知っている桃太郎は、最初から今と同じ形だったのでしょうか。
立教大学図書館が紹介する1795年の絵巻にも、すでに猿・犬・雉が登場しています。少なくとも、この三種の組み合わせを明治の教科書がゼロから作ったわけではありません。[4]
一方、国立国会図書館の資料紹介を読むと、桃太郎は江戸時代の絵本や、明治以降の教科書・児童向けの本など、さまざまな形で伝えられてきたことが分かります。[5]
今回読んだ話でも、仲間になる順番や、戦い方は同じではありません。鳥取の話では、猿は木の枝を折って鬼に投げつけます。楠山版のような門を開ける係ではないのです。[1][2]
つまり、ある本に役割が書かれていても、それをそのまま、桃太郎という昔話全体の出発点にはできません。
1982年に採集された話も、その年に作られたという意味ではありませんが、どこまで昔に遡る描写なのかは、採集年だけでは分かりません。
「昔話だから、どれも同じ昔の話だろう」と思っていたところが、少しややこしくなってきました。
十二支を並べると、別の説明が出てくる
犬・猿・キジの理由として、よく紹介されるのが十二支と方角を結びつける説明です。
昔の方位の表し方では、北東は「丑寅」。鬼門と呼ばれる方角です。一方、猿に対応する申、鳥に対応する酉、犬に対応する戌は、西側に並びます。
これを鬼と、それに対抗する仲間たちとして読むわけです。
この考え方は、最近のインターネットだけで生まれたものではありません。王秀文の論文は、江戸時代の作家・曲亭馬琴が『燕石雑志』で、鬼ヶ島を鬼門に、三種の仲間を西の申・酉・戌に結びつけた解釈を紹介しています。[6]
ただし、「鬼門のちょうど反対に、猿・鳥・犬がいる」と説明してしまうと、少し違います。北東の反対である南西は「未申」で、申・酉・戌の三つが全部そこに収まるわけではありません。
王の論文も、この点を検討し、陰陽五行という別の枠組みで読む説まで紹介しています。[6]
方角から読む説明にも、細部の違いがあるのです。
そして、馬琴がそう解釈したことと、昔話を生み出した人がその意図で動物を選んだことも、分ける必要があります。古い解釈だからといって、そのまま制作の記録になるわけではありません。
そもそも「酉だから鳥」までは説明できても、数ある鳥のうちなぜキジなのか、という疑問はまだ残ります。
里の犬、山の猿、野のキジ
もっと身近な風景から読む説もありました。
新潟県立図書館の調査が紹介している、金田芳水「桃太郎の研究」の説明です。犬は里、猿は山、キジは野。それぞれ違う場所の動物を取り合わせたのではないか、という見方です。[7]
これも、作者本人の説明が残っているという話ではありません。それでも、僕には想像しやすい読み方でした。
人のそばにいる犬。山の猿。野にいるキジ。
それぞれ違う場所にいる動物が、桃太郎の旅の途中で一緒になる。そして、飛ぶ、登る、かみつくという違いが、そのまま仲間としての働きになる。
最初は「鬼退治に最適な三種を選んだのでは」と考えていました。でも、調べてみると、物語に登場する動物の姿と、後からそこに見いだされた意味が、幾重にも重なっていました。
今回の資料から、「この理由で三種に決まった」と一つに断定することはできません。
ただ、キジは偵察役ではないか、という予想に近い昔話が実際にあったのは、うれしい発見でした。
次に桃太郎を読むときは、鬼を倒したかどうかだけでなく、犬と猿とキジが、どこで何をしているのかを見てしまいそうです。
子どもの頃には同じ話だと思っていた桃太郎も、読む本が違えば、仲間たちの働きぶりが少し違うのかもしれません。
参考資料
- 鳥取県立博物館「桃太郎(伯耆町溝口)※音声あり」。1982年1月7日採集。キジによる空からの進路調査、動物たちの戦い方を確認。採集年を物語成立年として扱っていない。
https://www.pref.tottori.lg.jp/267883.htm - 楠山正雄「桃太郎」、青空文庫。底本『日本の神話と十大昔話』講談社学術文庫、1983年。物見、操船、城壁を登って開門する猿などを本文で確認。底本の刊行年は作品の初出年ではない。
https://www.aozora.gr.jp/cards/000329/files/18376_12100.html - e国宝「獅子・狛犬」奈良国立博物館所蔵品解説。魔除けの役割と、獅子像との関係を確認。桃太郎の犬との直接的関係を示す資料ではない。
https://emuseum.nich.go.jp/detail?content_base_id=100129&content_part_id=0&content_pict_id=0&langId=ja&webView= - 立教大学図書館「桃太郎絵巻」。寛政7年(1795)写の絵巻の解説。猿・犬・雉の登場を確認。
https://library.rikkyo.ac.jp/archives/exhibition/exhibition1/momotaro/ - 国立国会図書館「桃太郎」ジャパンサーチのギャラリー。江戸期の出版物、教科書、児童向け読み物などへの展開を確認。
https://jpsearch.go.jp/gallery/ndl-jbPgdl9pVY6 - 王秀文「桃の民俗誌―そのシンボリズム(その三)」『日本研究』20、2000年。特に164–165頁。馬琴の方位説、方角との不整合への検討、吉野裕子の五行による解釈を確認。本記事の馬琴説は、この論文による紹介に基づく。『燕石雑志』原本を直接翻刻したものではない。
https://nichibun.repo.nii.ac.jp/records/730
本文PDF:https://nichibun.repo.nii.ac.jp/record/730/files/nk20005.pdf - 新潟県立図書館「桃太郎の家来が犬、猿、雉になった理由が知りたい」、レファレンス協同データベース、事例ID 1000025929。金田芳水「桃太郎の研究」(上笙一郎編『江戸期の童話研究』久山社、1994年に収録)の説を紹介。本記事は図書館の回答で該当説明を確認しており、収録書そのものを通読したわけではない。
https://crd.ndl.go.jp/reference/entry/index.php?id=1000025929&page=ref_view

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