お盆は、なぜ生まれて、なぜこの時期に行われるのか?

夏に怪談を楽しむ習慣を調べていたら、お盆と芝居のつながりに行き着きました。

そこで気になったのが、そもそもお盆はなぜあるのか、ということです。

先祖が帰ってくる行事なのは知っている。でも、なぜこの時期なのでしょう。7月に行う地域と、8月に行う地域があるのも不思議です。

調べてみると、今のお盆は、仏教の供養と各地の死者をまつる習慣が重なって育った行事でした。さらに、その日付には明治時代のカレンダーの変更も関わっています。[2][13][16][17]

なぜお盆が生まれたのか

お盆のよりどころのひとつに、『盂蘭盆経(うらぼんきょう)』という経典があります。

そこに書かれているのは、釈迦の弟子・目連(もくれん)が、亡くなった母を救おうとする物語です。

母は餓鬼の世界に生まれ、飢えに苦しんでいました。目連が食事を届けても、口に入る前に炭火になってしまう。困り果てて釈迦に教えを求めると、僧侶たちに食べ物などを供養するよう告げられます。

その供養によって、母は苦しみから救われました。経典は、同じ供養を毎年行い、父母の恩に報いることを勧めています。亡き親だけでなく、生きている父母の幸せも願われています。[1]

この物語が伝えているのは、親のために自分ができることをする、という教えでした。

ただ、ここには、先祖を家に迎えて数日後に送り出すという、今のお盆の一式は書かれていません。[1][2]

経典にある「供養を通して親を救う」という教えが、どのように私たちの知るお盆につながったのか。日付と習慣をたどると、その変化が見えてきます。

なお、『盂蘭盆経』自体は中国で成立したとする説が有力ですが、インド語からの翻訳と見る研究もあり、議論が続いています。[3][5][6]

なぜ7月15日だったのか

経典が供養の日として指定しているのは、7月15日です。その理由をたどると、僧侶の修行に行き着きます。

インド仏教には、雨季に一定の場所にとどまって修行する「雨安居(うあんご)」がありました。終わりには、僧侶が互いに過ちの指摘を求める「自恣(じし)」という儀礼を行います。この機会に、人々が僧侶へ品物を供えることも文献に確認できます。[3]

『盂蘭盆経』は、7月15日をこの修行の区切りの日とし、親のための供養に結びつけています。[1]

ただし、「インドでは7月15日に雨季が終わるから」と説明すると、話を省きすぎてしまいます。インドと中国では暦が違い、月の数え方も同じではありません。[3][4]

確認できるのは、安居明けの供養という仏教の習慣があり、漢文の経典が、その供養を7月15日に行うよう説いていることです。暦をまたいでその日取りが定まった詳しい経緯には、検討の余地が残ります。

お盆の時期を考える鍵は、僧侶の修行と、それを支える人々の供養にありました。

なぜ先祖が帰ってくる行事になったのか

中国では、6世紀には盂蘭盆の儀礼が広く知られていました。親を救うという物語は、親への孝行を重んじる儒教や、家族の死者をまつる習慣とも結びついていきます。[6][8]

同じ7月15日には、道教の「中元」もありました。罪の赦しや死者の救済に関わる日で、盂蘭盆と重なり合っていきます。ひとつの日に、複数の信仰の意味が集まっていたのです。[9]

日本でも、7世紀には盂蘭盆会の記録が現れます。『日本書紀』には、657年に飛鳥寺の西で盂蘭盆会を設け、659年には都の諸寺で『盂蘭盆経』を講じさせたとあります。[10]

「日本最初のお盆は606年」という説明もありますが、その年の記事にあるのは7月15日の「斎」です。盂蘭盆会と同じものかは議論があり、今のお盆の誕生年と断定はできません。[10][11]

そして、寺院での仏教行事は、日本の死者をまつる習慣と結びつきながら変化していきました。

文献をたどると、10世紀末から11世紀以降には亡き親の霊前への供えが見られ、中世には墓参や家での法会も記されています。16世紀末の寺院の日記には、精霊を迎えて送る一連の営みが確認できます。[13]

供養をする場所や、亡くなった人との接し方が、少しずつ変わっていったのです。

ただし、「昔の日本では、どこでも同じ祖霊信仰があった」と考えるのも単純すぎます。家に棚を設ける地域もあれば、墓地で飲食をともにする地域もあり、まつる対象にも違いがあります。[12][13]

僧侶に供養して親を救う教えと、亡くなった人を迎えてもてなす営み。その両方が重なって、今のお盆になってきたと考えられます。

韓国やベトナムでは、どうなった?

盂蘭盆に関わる行事は、日本のほかにもあります。

韓国には、旧暦7月15日の「百中(ペクチュン)」や「盂蘭盆斎」があります。寺院で死者を供養する一方、民俗行事には農作業の労をねぎらい、働く人が休む側面もありました。[14]

ベトナムの「Vu Lan(ヴーラン)」も旧暦7月の満月頃に行われ、とりわけ父母への感謝を重視します。「Vu Lan Bồn」は「盂蘭盆」の漢越語による呼び方です。[15][19]

台湾の中元・普度では、供養する家族のいない死者にも食べ物を供えます。[18]

近縁の行事でも、その土地の暮らしと結びつくことで、少しずつ違う姿になっています。

なぜ今は8月に行う地域が多いのか

最後に、7月だったお盆が8月になった理由です。

大きな転機は、1873年の改暦でした。日本は、それまでの太陰太陽暦から、現在使っているグレゴリオ暦へ移ります。[16]

すると、お盆をいつ行うかにも選択が生まれました。日付の数字を残すのか、これまでの暦を守るのか。それとも、季節や仕事に合わせて調整するのか。

その結果、主に三つの日取りが残りました。[17]

呼び方日取り
7月盆新暦の7月15日前後
月遅れ盆・8月盆新暦の8月15日前後
旧暦盆旧暦の7月15日前後。新暦での日付は毎年変わる

新暦の同じ月日に移すと、従来より季節が早まります。そこで、稲作など暮らしとの兼ね合いもあり、ひと月遅らせて行う地域がありました。[17]

つまり、8月15日のお盆は、旧暦7月15日を正確に置き換えた日ではありません。新しいカレンダーの上で、日取りを調整したものです。

お盆は「夏だから生まれた」とひと言で説明できる行事ではありませんでした。仏教の供養が各地の死者祭祀と結びつき、さらに暦の変更にも合わせながら、今の形になっています。

当たり前に感じていた夏の風景にも、遠い土地の信仰や、昔の人たちの生活の都合が残っていました。

余禄――「お盆」の名前にも、まだ謎がある

「盂蘭盆」は、サンスクリット語のullambanaに由来し、「逆さ吊りの苦しみ」という意味だとよく説明されます。

でも、これは確定した語源ではありません。食べ物を入れる器とする説や、「盂蘭」を米飯を意味するインド語、「盆」を中国語の容器に結びつける説もあります。[2][3]

ふだん何気なく使っている「お盆」という名前。その短い言葉の中にも、まだ研究が続いている疑問がありました。

もう少し詳しく知りたい方へ

経典の成立地については、対応するインド語原典が確認されていないことや、中国的な表現などから、中国成立説が有力です。一方、辛嶋静志やXiaohuan Zhaoは、古い漢訳の語彙やインド側の説話・儀礼とのつながりを重視しています。インドに類似の説話があることと、この経典の翻訳原本が実在したことは、分けて考える必要があります。[3][5][6][7]

日本の606年説については、川村裕大の研究が、僧侶への設斎と『盂蘭盆経』を講じる法会を区別し、盂蘭盆会の開始を斉明朝に置いています。[11]

語源の米飯説で想定される中期インド語の形は復元です。「逆さ吊り説は否定され、米飯説に決着した」という意味ではありません。[3]

朝鮮半島では高麗王室の1106年などの実施記録がありますが、これは伝来年の証明ではありません。日本・朝鮮半島・ベトナムへの最初の伝播経路を、ひとつの順番に確定できる資料は今回確認できませんでした。[14]

参考文献・参考資料

本文の番号は以下に対応します。経典に書かれた物語、歴史史料の記録、研究者の解釈を区別して参照しました。公開要旨・公開抜粋のみを確認した資料は、その範囲を明記しています。ウェブ資料の最終確認日:2026年9月24日。

  1. 『仏説盂蘭盆経』大正新脩大蔵経16巻、No.685、779頁。目連救母、7月15日・自恣、父母のための供養の根拠。漢文本文は赤松論文の転載(3–6頁)で確認。訳者の竺法護への帰属は伝承として扱った。
  2. 赤松孝章「『盂蘭盆』考」『高松大学紀要』33、2000年、1–11頁。特に1–3頁(日本の習俗との違い・語源諸説)と後半の盆器説。大学公開PDF
  3. Seishi Karashima(辛嶋静志), “The Meaning of Yulanpen 盂蘭盆—‘Rice Bowl’ on Pravāraṇā Day,” Annual Report of the International Research Institute for Advanced Buddhology at Soka University, XVI, 2013, pp.289–305. 特に289–290頁(目録・成立問題)、293–295頁(自恣と施し)、299–301頁前後(語源)。律・義浄の記述は本論文に掲げられた原文と出典を通して確認。著者公開論文
  4. 森章司「原始仏教時代の暦法について」『中央学術研究所紀要』モノグラフ篇1、1999年、84–102頁。インド暦・中国暦と仏教儀礼の日付の対応。特に第3節。研究所公開ページ/第3節PDF
  5. Shōjun Bandō(坂東性純), “The Ullambana Sutra,” in Apocryphal Scriptures, Numata Center for Buddhist Translation and Research, 2005, pp.17–23. 中国成立説は17頁の訳者解説による。同書の語源・606年説は他資料と照合し、そのまま採用していない。仏教伝道協会公開PDF
  6. Xiaohuan Zhao, Chindian Myth of Mulian Rescuing His Mother—On Indic Origins of the Yulanpen Sūtra: Debate and Discussion, Anthem Press, 2023(オンライン公開2024年)。第2章・第4章・結論の公開抜粋を確認。インド起源を擁護する立場と、中国成立説の研究史の比較に使用。全巻精読ではない。各章の公開抜粋
  7. 藤本晃「『仏説盂蘭盆経』の源流―Petavatthu II.2『舎利弗母餓鬼事』との比較考察」『パーリ学仏教文化学』17、2003年、47–54頁。インド仏典の餓鬼救済説話との比較。J-STAGE・本文PDFへのリンク
  8. Stephen F. Teiser, The Yu-Lan-P’en Festival in Medieval Chinese Religion, Princeton University博士論文、1986年。6世紀中国での普及、参加層、複数の宗教的背景について公開要旨を確認。後の著書 The Ghost Festival in Medieval China(1988年)の本文を読んだものとしては扱っていない。国立台湾大学・書誌と要旨
  9. 胡金定「道家・道教と日本のお中元」『にしかぜ・ゼフィール』82、甲南大学国際言語文化センター、2022年、5頁。三元、中元の赦罪、盂蘭盆との習合について。大学の一般向け解説であり、儀礼の先後関係を確定する根拠には使用していない。大学公開PDF
  10. 『日本書紀』巻22・推古14年条、巻26・斉明3年および5年条。史料の該当記述は、奈良文化財研究所飛鳥資料館「古代のお盆―盂蘭盆会―」(2022年8月)の引用・解説で確認。写本を実見・校合したものではない。研究所公式解説
  11. 川村裕大「飛鳥奈良時代の盂蘭盆会」『史林』108(4)、2025年、453–492頁、DOI:10.14989/shirin_108_4-453。NDLサーチに収録された詳細な和英要旨を確認。経講としての性格、推古朝の設斎との区別、斉明朝開始説について使用。本文PDFは今回取得できず、細部の論証まで確認済みとはしていない。NDLサーチ・要旨
  12. 大本敬久「魂祭の歴史と民俗」『国立歴史民俗博物館研究報告』191、2015年、137–179頁。特に冒頭の問題設定と「祖霊」「みたま」の検討。主題は年末年始の魂祭でもあり、これをそのまま盆の成立史と読み替えてはいない。本文PDF
  13. 関沢まゆみ「『戦後民俗学の認識論批判』と比較研究法の可能性―盆行事の地域差とその意味の解読への試み」『国立歴史民俗博物館研究報告』178、2013年、203–236頁。特に211–212頁の文献史整理と、以降の地域比較。本文で挙げた日記類は本論文を通じた参照。本文PDF
  14. 韓国学中央研究院『韓国民族文化大百科事典』「우란분회(盂蘭盆会)」(洪潤植、2023年改訂)および「백중(百中)」(2022年改訂)。高麗の実施記録と、百中の農業・休息の習俗。項目内の日本の年代・語源説明は採用していない。盂蘭盆会/百中
  15. Ngô Thị Lan Anhほか, “Lễ Vu Lan ở Việt Nam—Nguồn gốc và ý nghĩa,” TNU Journal of Science and Technology, 225(10), 2020. 大学公開の要旨を確認。旧暦7月の満月、孝・報恩、Xá tội vong nhânとの結合について使用。大学誌掲載ページ
  16. 国立国会図書館「江戸から明治の改暦」電子展示『日本の暦』。明治5年の発表と1873年の改暦について。解説
  17. 岐阜県図書館「①お盆の時期が3通りあるのはなぜか。②全国のお盆の時期が分かる本はないか。」2021年、レファレンス協同データベース。『祭・芸能・行事大辞典』下巻1615頁・上巻212頁を紹介した回答を確認。辞典原本そのものは未閲覧。図書館回答
  18. 臺北市政府 “The Chinese Festival of Ghosts—Zhongyuan Festival.” 現在の中元習俗と、祖先以外の死者への供養の紹介に使用。古代の起源を証明する資料としては使用していない。市政府の解説
  19. ベトナム社会科学院「Sự bản địa hóa lễ Vu Lan trong không gian văn hóa truyền thống Việt Nam」2026年8月27日。「Vu Lan Bồn」の漢越語名、ベトナムにおける受容と報恩の説明に使用。記事中の逆さ吊り語源説は、確定説として採用していない。研究機関の解説
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余禄log 管理人
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