なぜ夏といえば、怖い話なのか?

夏に怪談を楽しむ習慣には、お盆の信仰や、歌舞伎の興行が関わっていると説明されています。民俗学者・国文学者の折口信夫は、夏場の「涼み芝居」と盆興行が時期的につながったことから、夏芝居が怪談物へ傾いていったと論じています。[1]

怖い話でぞっとして、暑さを忘れる。その感覚だけでは説明しきれない、芝居と暮らしの話がありました。

夏に怖い話を聞きたくなるのは、なぜだろう

僕が怖い話を読みたくなる季節は、夏です。

寝る前や暇なとき、何となく聞きたくなる。自分の中に「夏といえば怖い話」というイメージがあるのだと思います。

でも、なぜ夏なのでしょう。

怪談を聞くと、心がざわついたり、寒気を感じたりします。暑い季節と相性がいいから、誰かが宣伝して風物詩にしたのかもしれない。最初は、そんなふうに考えていました。

調べてみると、確かに興行の事情に触れた説明はあります。ただし、今回読んだ資料から見えてきたのは、ひとつの広告や流行の仕掛けよりも、もう少し入り組んだ経緯でした。

「涼しくなるため」という説明を問い直す

國學院大學の飯倉義之による解説は、恐怖で暑さを忘れるために夏に怪談をする、という説明を俗説としています。そして折口信夫の説を紹介し、夏の怪談芝居を、農村で行われていた「盆狂言」の伝統と結びつけています。[2]

ここは、少し分けて考えたいところです。

怖い話を聞いて、ぞっとした経験があること。その感覚を楽しむこと。そして、そのために夏の怪談という習慣が始まったこと。この三つは、同じ話ではありません。

僕自身の「寒気がするから夏に合う」という感覚は、習慣が生まれた理由の証拠にはならない。もっともらしく感じる説明でも、歴史を調べるときには、その先を確かめる必要があるのだと思いました。

夏場の芝居と、お盆の興行がつながった

特に面白かったのが、折口の『涼み芝居と怪談』です。1949年に発表された文章で、夏の芝居について論じています。[1]

折口の説明では、夏枯れの芝居町で、仕事をせずには暮らせない役者たちの稼ぎとなる「涼み芝居」が行われていました。その興行から盆芝居へと続いていくため、夏芝居にも盆狂言の傾向が入り込んでいった、というのです。[1]

僕が惹かれたのは、この「時期がつながっていた」という部分でした。

「夏に怖い話をはやらせよう」と、誰かが一度に決めた。そういう分かりやすい話を想像していました。でも折口の説明からは、夏場にも働く人たちがいて、続く季節の行事があって、その並びの中で演目の傾向が育っていく姿が見えてきます。

自分が当たり前に感じている季節の組み合わせにも、人の暮らしや仕事が関わっている。そう読むと、「夏と怪談」が少し違って見えました。

どうして盆芝居に、幽霊が登場するのか

では、その盆芝居が、なぜ怪談につながるのでしょう。

飯倉の解説によると、お盆には祖先だけでなく、供養する人のいない霊や、恨みを抱く霊も帰ってくると考えられていました。盆狂言は、そうした浮かばれない死者の苦しみや成仏を演じる、鎮魂の芸能だったと説明されています。[2]

松竹の歌舞伎公式サイトでも、盆芝居の影響を受けながら、夏に怪談などを上演する「涼み芝居」が定着したと紹介されています。[3]

つまり、今回の資料では、死者を迎える季節の信仰と、それを演じる芸能、そして夏の興行が結びつけられているのです。

ただし、折口の文章は、夏と怪談の関係を説明する歴史解釈です。これだけで習慣の始まりを一点に特定したり、全国で同じ順番に広がったと断定したりはできません。また、飯倉の解説は折口の説を紹介したもので、別々の説明が独立に同じ結論を証明しているわけでもありません。

「風物詩」の後ろにある暮らし

調べる前は、怖い話で涼しくなれるから夏に定着したのだろう、と考えていました。

今回知ったのは、夏の怪談を、お盆と芝居のつながりから見る考え方です。そこには、興行を続ける人たちの生活もありました。

商売の都合が関係したのかもしれない、という最初の予想には接点がありました。でも「宣伝で作られた風物詩」と言い切るには、根拠が足りません。

むしろ僕には、暮らしや信仰、季節ごとの営みが重なって、いつしか自然な組み合わせに感じられるようになる、という見方が面白く感じられました。

今度、夏に怪談を聞きたくなったら、話の中の幽霊だけでなく、それを演じていた昔の人たちのことも、少し思い浮かべそうです。

余禄――『四谷怪談』は『忠臣蔵』と一緒に上演された

夏の怪談芝居の例として挙げられる『東海道四谷怪談』。日本芸術文化振興会の解説によると、1825年の初演では、『仮名手本忠臣蔵』と組み合わせ、二日替わりで上演されました。

一日目と二日目に、それぞれ両作品の場面を配置する構成だったそうです。[4]

お岩さんの怪談と、赤穂浪士の物語。別々の作品として知っているものが、当時の興行では一緒に組まれていた。怪談の歴史をたどると、上演の仕方にも意外な発見があります。

そして、もうひとつ気になったことが残りました。そもそもお盆は、なぜ生まれて、なぜこの時期に行われるのでしょう。その疑問は、また別に調べてみたいと思います。

参考資料

  1. 折口信夫『涼み芝居と怪談』。初出「新橋演舞場」、1949年7月5日。青空文庫版の底本は『折口信夫全集 22』中央公論社。[本文/書誌情報]
  2. 飯倉義之「なぜ日本では、夏に怪談話をするのですか?」國學院大學、2015年8月10日。[解説]
  3. 松竹「あなたがえらぶ “怪談と歌舞伎”」歌舞伎美人、2022年6月1日。[解説]
  4. 日本芸術文化振興会「歌舞伎・鶴屋南北:東海道四谷怪談(概要)」文化デジタルライブラリー。[解説]
  5. 日本芸術文化振興会「文楽編・仮名手本忠臣蔵」文化デジタルライブラリー。作品のあらすじを知るための補足資料。[解説]
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余禄log 管理人
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