前回は、約6600万年前の天体衝突から、その後の環境変化を追いました。
巨大な水の流れが地面を洗い、空から小さな粒が降り、やがて日光が弱まっていく。けれど、あの光景を見た人間は一人もいません。
写真も映像もないのに、なぜ、そこまで分かるのでしょうか。
調べてみると、最初から衝突の場所も犯人も分かっていたわけではありませんでした。出発点の一つは、イタリアにある薄い粘土層です。
この境目で、生き物の顔ぶれが変わっている
地層を古い方からたどると、ある境目で、それまで見つかっていた生き物が姿を消します。
約6600万年前、白亜紀と古第三紀の境目に起きた大量絶滅です。鳥類を除く恐竜だけでなく、アンモナイトや海の微小な生物も大きな打撃を受けました。失われた種は、全体のおよそ4分の3と見積もられています。[1][2][24]
この境目が「K-Pg境界」。以前の「K-T境界」という呼び名は、古い時代区分の「第三紀(Tertiary)」に由来します。現在は、その始まりを古第三紀(Paleogene)の始まりとして表しています。[1][2]
もちろん、どの崖でも境界の真下まで恐竜の骨が並んでいるわけではありません。化石には残り方の偏りがあるため、海の小さな殻や陸の花粉も調べ、離れた場所の記録を照合します。
原因については、気候や海の変化など、さまざまな説明がありました。天体衝突という発想も1980年以前にありましたが、現在のように証拠が結びついていたわけではありません。[3][9]
イタリアのグッビオでは、海の微小な生物の化石が豊富な石灰岩の間に、薄い粘土層が挟まっています。その上下で、化石の顔ぶれが大きく変わっていました。[3]
生き物の交代と、この薄い層。何か関係があるのでしょうか。
地層から、宇宙の痕跡が出てきた
グッビオの地層を研究していたのは、地質学者ウォルター・アルバレス。父の物理学者ルイス・アルバレスと考えたのは、この粘土層が積もるまでに、どれだけの時間がかかったか、という問題でした。[4]
そこで利用しようとしたのが、宇宙から少しずつ降ってくる塵です。塵に含まれるイリジウムという元素の量を測れば、積もった時間を見積もれるのではないか。もともとは、地層の「時計」を作ろうとしていたのです。[4]
測定を担ったのが、フランク・アサロとヘレン・ミシェルでした。
ところが、粘土層には周囲よりずっと多くのイリジウムが含まれていました。1980年の論文では、イタリアの試料で背景値の約30倍。デンマークやニュージーランドの境界でも異常が確認されました。[3]
イリジウムは地球の表面には少なく、隕石には比較的多く含まれる元素です。地球にない物質というわけではありませんが、遠く離れた土地の同じ時代の境界に集まっているなら、宇宙から大量に運ばれた可能性が出てきます。[3][14]
4人が1980年に発表したのは、大きな天体の衝突が塵を広げ、日光を遮り、光合成を妨げて大量絶滅を引き起こした、という仮説でした。[3]
ただ、これだけで決着したわけではありません。火山の放出物にもイリジウムの濃集が報告され、火山由来という別の説明も検討されました。[5]
そして、もっと目に見える疑問が残ります。
そんなに大きな天体が落ちたなら、穴はどこにあるのでしょうか。
巨大隕石なら、穴はどこにある?
探されていたのは、直径200km級にもなる巨大な衝突跡でした。それなのに、すぐには見つかりません。海に落ちた可能性も考えられました。[8][9]
一方、地層からは、元素とは別の手掛かりが増えていました。
1984年、ブルース・ボホールらは、米国モンタナ州の境界層から、強い衝撃を受けた石英などを報告します。[6]
石英は珍しい鉱物ではありません。違うのは、その内部です。「衝撃石英」には、瞬間的な高圧によってできた、ごく細かな平面状の変形が残ります。普通のひび割れとは異なり、その向きや構造を顕微鏡で確かめます。[6][7]
イリジウムは「何が運ばれてきたか」の手掛かりでした。こちらは、石そのものが、激しい衝撃を受けたことを記録していたのです。
さらに、ハイチなどでは、衝突で溶けた岩石が飛び散って固まったと考えられる小さなガラス粒が見つかりました。前回の「空から降ってきたもの」が、今度は地層の中から現れます。[8][11]
放出物の厚さや粒の分布を追うと、メキシコ湾・カリブ海周辺が候補として浮かび上がります。ただし、粒は水に運び直されることもあり、厚さだけで距離が決まるわけではありません。[2][8]
衝突の痕跡はある。場所も、少しずつ絞られてきた。
その先で研究者たちが出会ったのは、恐竜とは別の目的で集められた資料でした。
石油を探したデータに、巨大な輪があった
ここで少し時間を戻します。
アルバレスらの論文が出る2年前の1978年。グレン・ペンフィールドは、メキシコの石油会社Pemexのための探査で、ユカタン半島周辺の磁気を調べていました。[9]
地下の岩石の違いは、磁気や重力の分布に表れます。海側の磁気データと、以前に測られた陸側の重力データを重ねると、大きな円形構造が浮かびました。[9]
1981年、ペンフィールドとアントニオ・カマルゴは、この構造の衝突起源の可能性を学会で発表します。しかし、地下の岩石試料の確認などが難しく、大量絶滅の研究とはすぐにつながりませんでした。[9][10]
この構造は、陸と海にまたがり、その後に積もった厚い地層の下に埋もれています。地表を歩いて、直径180kmほどの丸い穴がそのまま見える場所ではありません。[10]
転機は1990年ごろ。衝突地点を探していたアラン・ヒルデブランドらの研究と、ペンフィールドらの探査資料が結びつきます。デイヴィッド・クリングらは掘削試料を調べ、衝撃を受けた鉱物を確認しました。[8][10]
1991年、複数の研究者による論文が、このチクシュルーブ構造をK-Pg境界の衝突クレーター候補として提示します。[10]
薄い粘土層を調べていた人と、石油を探していた人。別々に集められた記録が、同じ出来事を指し始めたのでした。
穴は見つかった。でも、時代は合っている?
巨大な衝突跡でも、絶滅よりずっと古ければ話はつながりません。
そこで調べられたのが、衝突で溶けて固まった岩石と、遠方へ飛んだガラスです。放射性元素が一定の割合で変化する性質を使い、できてからの時間を測ります。
1992年の研究では、クレーター内の溶融岩と、ハイチ・メキシコの境界にあるガラスの年代が、測定誤差の範囲で一致しました。化学組成の研究も、ハイチの粒とチクシュルーブの岩石を結びつけました。[11][12]
測定はその後も改善され、2013年の研究は、衝突と大量絶滅の時期が約3万2000年以内の精度で一致することを示しています。[13]
「同じ日なのに、数万年も幅があるの?」と思いますが、これは出来事が何万年も離れていたという意味ではありません。6600万年前という年代を測るときの、見分けられる時間の幅です。
だから、年代だけで判断せず、粒がどの層にあり、化石の変化とどう重なるかも調べます。2021年には、クレーターを覆う堆積物からもイリジウムの濃集が報告され、世界の境界層とのつながりが補強されました。[14]
元素、鉱物、ガラス、地下構造、年代。種類の違う証拠が、互いを確かめているのです。
その後の暗さや寒さは、どこに残っている?
衝突があったことと、その後に何が起きたかは、別に調べる必要があります。
北米の境界では、ある種の花粉が消え、その直後にシダの胞子の割合が大きく増えます。これは植生が激しく乱され、回復していく過程を読む手掛かりです。[15]
海では、微生物が残した脂質の組成から水温を推定した研究が、衝突後の冷却を示しています。有孔虫という小さな生物の殻に残るホウ素同位体からは海水の酸性化を、炭素同位体などからは炭素循環の変化を調べられます。[16][17]
ただし、地層に「暗闇が何年続いた」と書いてあるわけではありません。
衝突地点には、硫黄を含む岩石がありました。地層には細かな塵も残っています。こうした情報をもとに、大気へ入った物質の量や粒の大きさを設定し、日光や気温がどう変わるかを計算するのが気候モデルです。[14][18][19]
2023年の研究では、実際に測った細かな塵の粒径分布を取り入れ、光合成がほぼ2年間妨げられる結果が得られました。ただし、これは設定した条件から得た推定です。残っている粒と、そこから計算した暗さは、同じ種類の証拠ではありません。[18]
火災の痕跡もありますが、それだけで「世界中が同時に燃えた」とは言えません。火災の範囲や加熱の仕組みには、研究が続いています。[29][30]
また、同じ時代にはインドのデカントラップで巨大な火山活動が続いていました。衝突が大量絶滅を引き起こしたという説明は強く支持されていますが、火山が前後の気候へ与えた影響は、別に検討されています。衝突が噴火を促したという仮説も、確定した話ではありません。[20–22]
こうした長い変化とは別に、もっと短い時間を残した場所もあります。
魚のえらに、「その日」の粒が残っていた
米国ノースダコタ州の化石産地、タニスです。
2019年、ロバート・デパルマらは、強い水の流れで急速に積もったと考えられる地層と、そこに密集した魚などの化石を報告しました。[23]
注目されるのは、小さな球状粒子の位置です。地層の中だけでなく、魚のえらの部分にも入り込んでいました。琥珀に包まれ、化学的な変質を免れた衝突ガラスも見つかっています。[23]
もし粒が落ちてきたときに魚が生きていて、水と一緒に取り込んだのなら、魚が死んだ時間を、粒が降った時間に近づけられます。[23][24]
地層の順序や粒の落下時間の計算を合わせ、研究チームは衝突直後の数十分から数時間に関係する堆積物と解釈しました。水の動きも、遠くから届いた津波そのものより、地震で水域が揺さぶられる「セイシュ」が説明に合うと提案しています。[23]
「衝突した瞬間を完全に保存した写真」ではありません。それでも、6600万年という時間の中から、ある一日の出来事へ近づく手掛かりになっています。
魚の骨には、春の途中が残っていた?
その魚を、さらに細かく調べた研究があります。
2022年、メラニー・デューリングらは、タニスのヘラチョウザメ類とチョウザメ類、計6個体の骨を調べました。骨には、成長が速い時期と遅い時期の繰り返しが残っています。[24]
木の年輪に少し似ています。ただし、輪を数えるだけではありません。骨の組織や、骨細胞が入っていた空間の変化をたどり、最後にどの段階まで成長していたかを見ます。
魚たちは成長の盛んな季節に入り始めていたものの、その最盛期には達していませんでした。1個体で測った炭素同位体の変化も、餌を多く取る季節のピーク前という解釈を支えました。[24]
そこから導かれたのが、北半球の春だったという推定です。
先行する2021年の論文は「春から夏」を示しましたが、この論文にはデータの信頼性に関する編集部注記が付いており、2024年には検証上の問題を指摘する論文も出ています。両者をまとめて「季節は確定した」とは扱えません。[25][26]
それでも、年代測定では数万年の幅があるのに、骨からは季節を考えられる。この違いは面白いところです。
片方は「何年前か」を測る時計。もう片方は「一年のどこで成長が止まったか」を読む記録です。春と推定できても、何月何日かが分かったわけではありません。
6600万年前の地球には、人間も、文字も、カメラもありませんでした。
けれど、薄い地層と元素、変形した鉱物、小さなガラス粒、魚の骨、地下に埋もれた巨大な構造が残りました。
それを別々の研究者が調べ、何十年もかけて照合してきました。まだ埋まっていない部分もありますが、一つの証拠だけでは見えなかった出来事が、少しずつつながっています。
記録がなかったのではなく、人間の文字では書かれていなかった。
地球そのものが、あの日の痕跡を残していたのでした。
参考資料
番号は本文・別紙の調査メモで共通です。論文タイトル中の古い年代や「K-T」は原題を保っています。ウェブページ・編集部注記の確認日:2026年9月25日。
- International Commission on Stratigraphy. GSSP for Danian Stage. 国際標準となる境界の解説。
- Schulte, P., et al. (2010). The Chicxulub Asteroid Impact and Mass Extinction at the Cretaceous-Paleogene Boundary. Science 327, 1214–1218. DOI/本文・補足資料。
- Alvarez, L. W., Alvarez, W., Asaro, F., & Michel, H. V. (1980). Extraterrestrial Cause for the Cretaceous-Tertiary Extinction. Science 208, 1095–1108. DOI。
- Lawrence Berkeley Laboratory (1979). The Great Dinosaur Extinction. LBL Newsmagazine, Fall 1979. 研究当時の研究所記事。測定の目的と担当者を確認するために使用。
- Zoller, W. H., Parrington, J. R., & Kotra, J. M. (1983). Iridium Enrichment in Airborne Particles from Kilauea Volcano: January 1983. Science 222, 1118–1121. DOI/著者抄録。
- Bohor, B. F., Foord, E. E., Modreski, P. J., & Triplehorn, D. M. (1984). Mineralogic evidence for an impact event at the Cretaceous-Tertiary boundary. Science 224, 867–869. DOI/USGS掲載情報・抄録。
- Holm-Alwmark, S., et al. (2018). Estimating average shock pressures recorded by impactite samples based on universal stage investigations of planar deformation features in quartz—Sources of error and recommendations. Meteoritics & Planetary Science. DOI・本文。
- Kring, D. A. / Lunar and Planetary Institute. Chicxulub Impact Event: Discovering the Impact Site. 発見過程の解説。
- Penfield, G. (2019). Unlikely Impact. AAPG Explorer, 1 December 2019. 発見当事者の回顧。
- Hildebrand, A. R., et al. (1991). Chicxulub Crater: A possible Cretaceous/Tertiary boundary impact crater on the Yucatán Peninsula, Mexico. Geology 19, 867–871. DOI。発表経緯は Penfield & Camargo (1991) の学会要旨、試料の鉱物学は Kring et al. (1991) の学会要旨も参照。
- Kring, D. A., & Boynton, W. V. (1992). Petrogenesis of an augite-bearing melt rock in the Chicxulub structure and its relationship to K/T impact spherules in Haiti. Nature 358, 141–144. DOI/著者所属大学の抄録。
- Swisher, C. C., et al. (1992). Coeval ⁴⁰Ar/³⁹Ar Ages of 65.0 Million Years Ago from Chicxulub Crater Melt Rock and Cretaceous-Tertiary Boundary Tektites. Science 257, 954–958. DOI/著者所属大学の抄録。
- Renne, P. R., et al. (2013). Time Scales of Critical Events Around the Cretaceous-Paleogene Boundary. Science 339, 684–687. DOI/著者抄録。
- Goderis, S., et al. (2021). Globally distributed iridium layer preserved within the Chicxulub impact structure. Science Advances 7, eabe3647. DOI/本文。
- Tschudy, R. H., et al. (1984). Disruption of the Terrestrial Plant Ecosystem at the Cretaceous-Tertiary Boundary, Western Interior. Science 225, 1030–1032. DOI/USGS。
- Vellekoop, J., et al. (2014). Rapid short-term cooling following the Chicxulub impact at the Cretaceous–Paleogene boundary. PNAS 111, 7537–7541. DOI/本文。
- Henehan, M. J., et al. (2019). Rapid ocean acidification and protracted Earth system recovery followed the end-Cretaceous Chicxulub impact. PNAS. DOI/本文。
- Senel, C. B., et al. (2023). Chicxulub impact winter sustained by fine silicate dust. Nature Geoscience 16, 1033–1040. DOI/著者公開本文。
- Rodiouchkina, K., et al. (2025). Reduced contribution of sulfur to the mass extinction associated with the Chicxulub impact event. Nature Communications 16, 620. DOI・本文。
- Hull, P. M., et al. (2020). On impact and volcanism across the Cretaceous-Paleogene boundary. Science 367, 266–272. DOI/大学リポジトリ。
- Schoene, B., Eddy, M. P., Keller, C. B., & Samperton, K. M. (2021). An evaluation of Deccan Traps eruption rates using geochronologic data. Geochronology 3, 181–198. DOI・本文。
- Richards, M. A., et al. (2015). Triggering of the largest Deccan eruptions by the Chicxulub impact. GSA Bulletin 127, 1507–1520. DOI/著者公開本文。
- DePalma, R. A., et al. (2019). A seismically induced onshore surge deposit at the KPg boundary, North Dakota. PNAS 116, 8190–8199. DOI/本文。
- During, M. A. D., et al. (2022). The Mesozoic terminated in boreal spring. Nature 603, 91–94. DOI・本文。
- DePalma, R. A., et al. (2021). Seasonal calibration of the end-cretaceous Chicxulub impact event. Scientific Reports 11, 23704. DOI・本文・編集部注記。2022年12月9日付Editor’s Noteを確認。結果を無条件に採用するためでなく、研究間の違いを示すために参照。
- During, M. A. D., et al. (2024). Calibrations without raw data—a response to “Seasonal calibration of the end-Cretaceous Chicxulub impact event”. PeerJ 12, e18519. DOI/著者所属大学。
- Range, M. M., et al. (2022). The Chicxulub Impact Produced a Powerful Global Tsunami. AGU Advances. DOI。第1回との対応確認に使用。
- Gulick, S. P. S., et al. (2019). The first day of the Cenozoic. PNAS. DOI/大学リポジトリ。第1回との対応確認に使用。
- An experimental assessment of the ignition of forest fuels by the thermal pulse generated by the Cretaceous–Palaeogene impact at Chicxulub (2015). Journal of the Geological Society. DOI。燃料の着火実験。
- Johnson, B. C., et al. (2026). Heat and Wildfires During the K-Pg Mass Extinction Enhanced by Fine Dust. Journal of Geophysical Research: Biogeosciences, e2026JG009837. DOI。新しい加熱モデル。全球同時火災の確定とは扱わない。
- French, B. M. (1998). Traces of Catastrophe: A Handbook of Shock-Metamorphic Effects in Terrestrial Meteorite Impact Structures. LPI Contribution 954. 公開ページ/第4章:衝撃変成/第6章:衝突溶融物。別紙の用語・実験の補足に使用。

コメント